文脈の事故

オール・ノンフィクション

その日、私はもう何もわからなくなっていました。黒い犬がいました。何かを書こうとすると、それが私の言葉ではないかのような、そんな感覚がありました。私はずいぶん弱く、小さな人間です。暗くて狭いところに潜って、ずっとうずくまりながら、空は晴れていて、枯れ葉が穴の中に一枚入っていって、その葉脈をただひたすらなぞっていたい。そんなことを思えてしまう人間です。例えれば、何かが音を立てて崩れていった。という事も実は無く、そのように堪忍した己の身体の稚拙さを、この身を以てただただ受け入れてしまいたい。ホテルの文字が今日も赤く灯っていました。車がたくさん走っていました。私は寝る前、夜更かしして、深夜三時くらいに走る車が好きです。なんでそんな時間に車走らせてるの、と思えるからです。そこに人はいませんでした。良き理解者が、とか、共感相手が、とか、そんなのは全てまやかしで、あるのは独立した心と体で、だから小学三年の頃に「100%理解してよ」と言って泣き崩れて母親を困らせた記憶が蘇るのです。自分勝手だね、とよく言われてすくすく育ってまいりました。ずっとそうです。小学校の通知表で、他人に共感できる、の欄がもう少しに○がついていたので、これは治そうと思わなければ治りません。たちが悪いです。いま目の前に校舎が見えます。あと一年いたら、離れることになる校舎です。反応の悪いカードキーを取り出して、入ろうと思います。