文脈の事故

オール・ノンフィクション

男は肉である。目の前の肉はどんな味をしているか。しょっぱいか、甘いか、辛いか、薄いか。男と飲む時間は品定めである。今日のディナーに相応しい肉か否か。よく噛み締めてお食べなさい。母から言われた教訓が、今日も頭にこだまする。男は肉であって、皿であって、フォークだった。好みの味があった。故郷を思い出す味があった。救ってくれた味があった。目の前の皿を平らげるとき、同時に目の前の男も味わい尽くした。だいたい一時間半のコース制料理だった。考える事は、例えば鬱蒼と茂ったフィンランドの樹海の中で二人きり、そのなかでこの人はどんな料理として振る舞ってくれるのだろうか、そしてその料理を味わう時間はどんな湿気が漂っているか、という事だった。素材は何でもよかった。オーガニックの有機野菜でも良いし、冷凍食品のパンケーキでも良かった。そこに静かな時間さえ流れていれば、肉のことなどどうでも良くなるくらい、陶酔しきってしまうのだった。