文脈の事故

オール・ノンフィクション

2020/01/20

展示終わり。エクリヲと美手帖を買い「音楽」を観た。正直何も上手くいってなかった。修了制作も、展示1日目に出来た。だから展示前の最終審査では完成した作品を一切見せられず、教授陣の総評ではおれ以外の同期は総褒めされていたが「小林さんは… 論外ですね」と言われる始末だった。当然の仕打ちだがもちろん心は凍てついた。みんな講評で完成してるのに、おれは完成していない。おれは長として展示をまとめるのに必死だった(といいながら最終審査後に切羽詰まって長としての作業を一切放棄し動画を描きに描いていた)。と言い訳をしてしまう自分に呆れた。それが最後の講評だった。これから各々の道に飛び立つ前の、自信をつけて飛び立つ前の講評でおれは一番最悪の評価を受けた。

修了制作は魔物だと思った。自業自得だった。つらかった。心は死に、制作なんて楽しくなかった。というかこの一年、ずっと追われていて、余裕なんて一切なかった。本も映画もライブもアニメーションも見れなかった。恋愛は改元を理由に別れた。制作に集中したいから…と言って別れてこの有様なの本当アホらしい。制作が楽しくなかった。誰とも話さず、制作や美術の話が恥ずかしかったから一切しなかった。どこかで先輩か同期か後輩か教授か教員室の誰かが、美術に無知なおれを罵っている…と思えて、何か美術の話をしたらまたどこかで罵られると恐怖心で話せなかった。藝大学部出身者が多くて、そこで群れてて、美術を知らないよそ者の自分が入り込む余地がなかった(本読んでたら入れたのかも謎)。YouTubeでいろんなホームビデオやインスタのストーリー寄せ集めみたいな動画をむさぼった。夏も秋もそんな感じで過ぎた。傍ら長なので展示の準備が重荷だった。そのために時間は取られに取られ、今日も制作できなかった…と嘆いた。単純に時間管理が不器用だから。TLを見ててやれ今日もカオスラがとか、パープルームがとか、美大出身の群れが有象無象にあって、でも話されている話題はくだらないと見下して、あー早く外に出たい、外に出て制作だけに集中できればいいのに、つ〜か休学してーーー(さっさと修了したい)と思いながら、美術と無関係の、同期の学部時代の思い出話を聞く介護労働者になった。それが一年続いた。

展示中にかつての助手にガチ泣きした。5年ぶりにガチ泣きした。その助手も慶應卒→藝大修士同じ専攻卒かつ修士で同じ長を経験してるので、境遇をわかってくれそうだと思って、話してたら涙が止まらなかった。二年間何してたんでしょう、制作が楽しくないです、周りは完成させてるのに僕だけ、そのくせ総評は総褒めで逆にそれが刺さって仕方なかった、買い上げ狙って作っていたのに間に合わず買い上げ審査の土俵にすら立てなかった、とにかく色々吐き出しては展示中に泣いた。曲解のような回答をもらい、やはり作り続けるしかないんだな。という結論に至った。それからようやく展示中に完成し、来場者に見せ、わかってくれる人もいて、とにかく救われた。意志や人権とかが無いかのように振る舞った一年間だったけど、やっぱり他人と作品の話をする時間が一番楽しかった。いろんな悲しい出来事があって今も悲しいけどどうにかして作り続けようと思った。