文脈の事故

オール・ノンフィクション

考えずに書く手紙

「あなたには、才能がありません」

10年前、その少年は、夢のなかで女神のような白いオーラをまとった存在から、そんなことを言われ、起きました。
起きると、枕元には、銀色で光で虹色に反射する色の液体が、口元をあてていた枕に染みついていました。
その銀色で光で虹色に反射する色は、10年後、少年が再度目の当たりにすることになります。それは、電通のパンフレットの色でした。

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ある日の朝、少年は起きて支度をして外へ出かけると、卵を多方向から投げつけられる世界線に生きていました。
“ガトリング”という言葉がふさわしいほど、卵をバンバンバン投げられていました。
その卵の正体は、同性愛者でした。

ある日の深夜、少年は枕元でiPhoneに触って、Tinderをしていました。
Tinderで少年は(いつ“I am bisexual, just let you know”と伝えようか…)と葛藤していました。
少年は新宿のレンタルルームで同性と抱き合った記憶を噛みしめながら、どうでもいいの一言で思考を放棄しようとしていました。

ある日の昼、少年は高層ビルの、大きな窓から光が差し込む一室に、他若者40名と一緒にいました。
「それでは始めてください」の一言で、少年は課題文を見て、うんうん唸り始めました。
後ろには平積みの白紙と鉛筆と消しゴムが用意されていて、周りの人達は白紙を大量に持って行って、少年を焦らせていきました。

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「才能?あげますよ。200円です」

そう言って商店街の閉まった商店の前でダンボールを敷いて居座っていた老婆は、
少年に才能を差し出した。
「才能 あげます 200円」と書かれた手描きのPOPが、才能という存在の不確かさの輪郭をなぞっていた。

200円と引き換えに得た才能を少年は、200日使ってじわじわと消費していった。
ゼロ・グラビティでコワルスキーが主人公のライアン・ストーンに
「残った酸素は、ちびちびと吸うんです。お酒のようにガバガバと、ではなくちびちびと」といったようなことを言ったように、
少年は毎日0.5%ずつ才能を使った。

ある日は庭の水やりに、ある日は小学校の校門前にいるボランティアのおじいちゃんへの挨拶がけに、
ある日は読書に、ある日は飲み会での盛り上げ役として。

才能を使い果たした少年に残っていたものは、平凡の二文字であり、そこからはもう一切動くことはできない。